eバイクでのライン川サイクリング

5月11日から21日まで、スイス、ドイツの友人を訪ねる旅に出かけた。

ドイツ南部のレラ市(Lorrach)に到着した翌日に、Wolframに天候がいいのでライン川沿いをバイクで走るツーリングに行こうと誘われた。レラ市の市役所近くの自転車ショップで、電動アシストバイク(eバイク)を借りる。ドイツではバイクショップが一番ナウい商売とのこと。店は多くのお客で繁盛していている。若い店員が4人もいて、手際よく客をさばいているのが印象的。

レラ市内のバイクショップ

レンタルしたスイス製のeバイク
これまでスポーツクラブでバイクをこいではいるが、買い物に使うママチャリ以外、ツーリングバイクには乗ったことがない。eバイクには、距離計、速度計と三段階のアシストモード(AUTO、ECO、アシストなし) の切り替えが備わっている。AUTOモードで走ると加速がよく、すぐに25km/hまで速度が上がる。風を切る音が心地よい。ドイツではオランダやフランスほどではないものの、自転車専用道路が進んでいて、危険を感じることなくツーリングを楽しむことができる。

レラ市郊外にビイーゼ川沿いを走ったあと山裾のブドウ畑を抜け、高速道路をくぐるとライン川で出る。

ビイーゼ川沿いの整備された自転車専用道路

ライン川本流

洪水制御のために整備された湿地を超えると、バイパスされたライン川に出る。
このライン川をバーゼルに向かって自転車専用道路を走った後、ライン川を渡ってバイパスされたグラン・カナル・ダルザス沿いの自転車道路を走る。この運河はライン川を走る船のための運河で、シップリフトで下流と繋がれている。

シップリフト(左側が下流)

このシップリフトをさらに下ると、フランスの水力発電所に。発電所の近くにあるレストランで飲み物休憩。
次に、ライン川の水の一部を分岐させたカナルド・ユナンギュ沿いのサイクリングロードを走る。この小さな運河は、自然保護を目的に作られたもので、途中には人工湿地もあり野鳥の楽園になっている。

農地を湿地に変更(中央に白鳥が)

段差を利用した小規模水力発電

この運河の最上流には競技用のカヌーの練習場があり、小さな子供を含む多くの人が練習していた。

ライン川の水を引き込んだカヌー練習場

この運河を離れて、近くの街で昼食。
再度、ライン川に戻り、バーゼルに向かって走ると、スイスとフランスの国境に。自転車なので難なく国境越え。ライン左岸の工場地帯を抜けると、バーゼル旧市街入る。

ライン川をまたぐ自転車と人が利用する橋

ライン川遊覧船

土曜日ということもあり、旧市街は多くの市民、観光客で賑わっていた。自転車を押しながら市街地を抜ける。

バーゼル市役所前のオープンマーケット

バーゼル大聖堂前の広場で開催されていた音楽祭に参加する合唱団の練習風景

子供を乗せる車を連結している自転車

ラインをまたぐ橋の近くで見つけた自転車の通行量を示す電光掲示板

自転車専用の交通信号

ライン川をまたぐヨハニター橋を渡り、リーエン市経由でレラに帰った。走行距離50㎞の快適なeバイクツーリングとなった。

続く

 

鹿児島ー指宿ドライブ

4月6日から8日、友人に誘われて鹿児島に出かけた。鹿児島は何度も訪れているが、今回はJR九州・指宿枕崎線の「指宿のたまて箱」を利用して以来となる。
2008年のNHKの大河ドラマで「篤姫」が放映された時も鹿児島が観光ブームになったが、今年の「西郷どん」で再び鹿児島に大きな注目が集まっている。
6日は、鹿児島の友人と大阪在住の3人が旧交を温める会で、天文館で薩摩料理を肴に、薩摩焼酎「村尾」で懇親を深め、お互い健康でいられることに感謝した。
7日には、中国・内モンゴル自治区で緑化活動を主宰している友人の野崎勉鹿児島大学名誉教授の車で、池田湖、指宿をめぐるドライブに。鹿児島市内から指宿スカイラインは、新緑の季節でまばゆいばかり。この日は、風が強くスカイラインの展望台では、黄砂の影響と雹まで降る生憎の天気で、折角の錦江湾を望む絶景を楽しむことができなかった。
指宿スカイラインを降りて、池田湖に。池田湖から百名山の一つで薩摩富士と呼ばれる標高924mの「開聞岳」が望める。

池田湖から開聞岳を望む

池田湖は直径約3.5km、周囲約15km、ほぼ円形の九州最大のカルデラ湖。深さは233mで「イッシー」で有名になった。「イッシー」の本体は大ウナギではないかと言われている。

神秘的な池田湖

池田湖のマスコット「イッシー」

池田湖の近くメディポリス内にある、リゾートホテル「指宿ベイヒルズHOTEL&SPA」で昼食。旧グリーンピア指宿がリノベーションされたホテル。すぐ横には、鹿児島大学の協力を得て新築した「メディポリス国際陽子線治療センター」。このセンターはホテルとの組み合わせた「リゾート滞在型陽子線がん治療」として全国的に大きな注目を集めている。

「メディポリス国際陽子線治療センター」(左)と「指宿ベイヒルズHOTEL&SPA」
昼食後、指宿市の隣の山川漁港の近くの「道の駅山川港」に立ち寄り、かつおの生節、山川漬、そらまめ羊羹を購入。国道226号線を使って鹿児島市に向け北上。途中、今年、4月2日にNHKの鶴瓶の家族に乾杯で紹介された、篤姫も使ったとされる「今和泉島津家伝来の手水鉢」が置かれている今和泉小学校前を通過して、近くの、道の駅「いぶすき彩花菜館」に立ち寄る。

ここの展望台からは、天気がいいと素晴らしい桜島、錦江湾を望むことができるが、桜島は輪郭がぼんやり見える程度。遠くに、大潮、中潮時の干潮時に砂州が現われ陸地と繋がることで有名な「知林ケ島」を、その右手の陸地側に今和泉小学校前を確認することができた。

中央に見える島が「知林ケ島」

右手の陸地側の建物が今和泉小学校の校舎
道の駅を出て、鹿児島方面に進むと右手にJX喜入石油基地の備蓄タンク群。この備蓄基地で日本の石油消費量と2日分が備蓄されている。

JX喜入石油基地の備蓄タンク群
鹿児島市内に入り、整備された産業道路北上。右手に豪華客船が見え、野崎先生から「マリンポートかごしま」と教えてもらい訪ねることに。停泊していたのは、バハマ船籍のクアンタム・オブ・ザ・シーズ(総トン数16.9万トン)で上海から約4800人の観光客を乗せて4月7日に入航したもの。昨年度、マリンポートかごしまにはクルーズ船が100回を超えて入航したとのことで、観光立県を目指す鹿児島県の熱意を大いに感じた。

「マリンポートかごしま」に停泊中のクアンタム・オブ・ザ・シーズ

「マリンポートかごしま」から望む桜島
夕食は、昨晩に続いて薩摩料理を堪能した。
最終日8日は、天文館からリムジンバスで鹿児島空港に。鹿児島中央駅に向かう道路の中央分離帯に植栽されたツツジが満開で美しい。

満開の分離帯のつつじ

緑化された市電の軌道(鹿児島駅前)
この日は黄砂の影響が少なく、高速道路に入ると右手に桜島が見える。

空港に向かうリムジンバスの車窓から望む桜島
空港にチェックインし、時間があるので屋上展望台に。滑走路越しに、霧島連山が望める。活発な火山活動が続いている、新燃岳から白煙の立つのが見えた。

鹿児島空港屋上展望台から望む霧島連山(右端が高千穂、中央左よりに新燃岳)

タンジアン・ラグーン

2018326日―30日、ベトナム・ハノイとフエに出かけた。目的は、327日にハノイで開催された熊本大学ベトナム同窓会に出席することと、バイク事故で大怪我をした、教え子のフエ科学大学のPham Khac Lieu副教授をお見舞いすることです。

Parkside Sunline Hotelで開催された熊本大学ベトナム同窓会には、ハノイ建設大学のLeu Tho Bach副教授を含む16人の同窓生と、日本ベトナム同窓会から2人の副会長、それと熊本大学から高島和希副学長、グローバル人材教育センター長・鳥居修一教授、人材教育センター・Quitan A. Tibgin教授、福村竜也国際戦略課長、3人の国際戦略課職員、私はゲストとして参加した。今回の同窓生の会合は、正式な熊本大学ベトナム同窓会発足に向けたもので、ベトナム同窓生、熊本大学の両者から、両国間の国際交流に向けて一致協力することが確認され、有意義な会合となった。

同窓会出席者の合同写真

翌日Leu Tho Bach副教授、Tran Hieu Hoa副教授(ハノイ建設大学)と一緒にフエに飛び、Pham Khac Lie先生自宅にお見舞いに伺った。5ヶ月前にバイク事故で左足を複雑骨折し、6時間にも及ぶ大手術を受けたとの話を聞き、驚くばかり。左足はいまだ金属のフレームで固定されている状態で、フレーム取るのにまだ1か月かかるとのこと。幸い足の骨折のみで済み、頭部は無事でこの夏には職場復帰できるとの話で一同一安心。夕食を最近オープンした素敵なレストランでPham君一家と一緒し、楽しい時間を過ごした。

洒落たフエの海鮮レストラン

Pham先生ご一家(右側)との夕食会

29日の午前中に時間ができたので、フエ空港に着陸する際に窓から見えたタンジアン・ラグーン(Tram Giang Lagoon)を観光

このタンジアン・ラグーンはフエ市街から15㎞に位置する東南アジア最大のラグーンで、その面積は52平方キロメートル。ラグーンにはO Lau, Huong 川、Bo川の大きな川が流れこみ、水深は2-4mと浅い。ラグーン周辺には300を超える村があり、30万人が住んでいる。これらの人はラグーンからの恵みで生計を立てている。魚、エビ、貝類、海藻など年間数千トンの水揚げあるとのこと。ラグーンであることから洪水影響を受けやすく、昨年11月の台風23号がもたらした大雨でタンジアン・ラグーンだけでなく、フエ市街も大洪水となり、大きな被害が出た。

フエ市街から車で細い道を走ること30分でラグーンに到着。そこから、観光客相手のボートに乗ってラグーン見学。巨大なラグーンでは、ある範囲を柵で囲み、魚やエビを呼び込む漁法を採用している。10分ほどボートで走ると、ポツンと現れる小さな島のレストランに到着。ラグーンで採れる新鮮な魚介類を楽しむことができる。

観光ボートの発着場

一面柵で覆われた水面。左上のかごは、魚をトラップするかご

干潟の中の小さな島に到着

 

 

 

 

 

島のレストラン、床は竹

レストランのある島の近くで見つけた枯れたホテイアオイ(この干潟が汽水であることを示している)

昼食には早いことから、エビを捕獲する現場を見せてもらう。ボートで柵の中に入り、細い目の網を仕掛ける。その後、水面を棒でたたいたり、ボートをたたくことでエビを驚かせ網にかける漁法。このラグーンは養殖池でないことからエビの密度は低く、残念なことに一匹も捕獲できなかった。

網をセットする

水面を叩きエビを驚かせる

レストランに戻り、新鮮な魚介類を選んで、調理を注文。新鮮なハマグリ、小エビ、オゴノリ(Gracilaria)、カニ、魚、魚のスープを楽しんだ。

小エビの空揚げとハマグリをゆでたもの

ゆでたカニ、卵が多く美味

オゴノリ

日本では、ベトナムで養殖したブラックタイガーが有名だが、これはメコンデルタ、ハロン湾で養殖されている。タムジャン・ラグーン近郊の海岸地域では、近年急速に養殖エビ生産が拡大している。ここで養殖されているのはバナメイという種のエビ。バナメイは病気に強く成長も早く、遊泳生活をすることから養殖密度をブラックタイガーの10倍以上に高めることができるのでバナメイの養殖が人気を集めている。そのため、水田を養殖池に変更し、養殖に必要な海水は、海岸の砂浜の地下4~8mからポンプで汲み上げて調達。今回は時間がなく、バナメイエビの養殖を見学することはできなかった。ブラックタイガーの養殖では環境破壊が問題視されているが、バナメイの養殖がその轍を踏まない事を祈りたい。

2018年の桜

3月25日(日)陽気につられて桜の開花状況を見に出かけた。
自宅前の造幣局の枝垂れ桜の開花が、ソメイヨシノの開花よりも早い。

予想通り枝垂れ桜はほぼ満開。

満開の枝垂れ桜

造幣局を出て、大川沿いを藤田邸跡公園に向かって歩く。大阪の桜の開花宣言は平年よりも8日も早く、3月20日。自宅から眺めると、うっすらとピンク色がかった桜並木が見える。日当たりのいい大川左岸のソメイヨシノはすでに5-6分咲き。多くの外国人観光客が盛んにカメラのシャッターを切っている。

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大川左岸の桜並木

藤田邸跡公園に入ると、多くの人が散策している。

満開の桃の花と、雪やなぎ、それに2-4分咲のソメイヨシノの競演。

藤田邸跡公園内の桃

雪柳

桃のピンクと雪柳の白のコントラストが美しい

満開のコブシ

26日の朝、自宅から大川沿いの桜を見ると一日で桜の開花が一気に進んでいる。
27日には、大阪で観測史上一番早い桜の満開宣言が出された。

桜ノ宮橋から桜で色づく大川を望む

 

 

 

変貌するホーチミン

3月3日から7日にかけて、ベトナム・ホーチミン(HCM)市を訪れた。今回の訪問の目的は、長年の友人であるHCM工科大学環境資源学部のNguyen Phuoc Dan学部長の研究室の訪問してアナモックスに関する情報交換をすることである。

3月3日、関西空港からベトナム航空VN321便でHCMに向かった。2年前にHCMを訪問した際には、それほど大きな飛行機ではなかったが、今回は最新鋭の定員が350人のボーイング787。驚いたことにこの便が満席。日系企業の進出が相次いでいること、日本人観光客の急増、ベトナムからの日本の大学への留学生や技能実習生に加えて、裕福なベトナム人観光客が増えていることが理由と思われる。

サイゴン川沿いのルネサンス・リバーサイドホテル・サイゴンに宿を取った。タンソンニャット空港から車でホテルに向かったが、ここで驚いたのは、車の数が増える一方で、バイクの数が減少気味なこと。市内でも比較的スムースに走ることができ、約30分でドンコイ通り近くのホテルに到着。 9階の部屋からはサイゴン川が展望できた。部屋からの眺めの左手に、サイゴン川沿いに建設された高層のマンション群が見える。

サイゴン川沿いに進む大規模なマンション開発

HCM市内では高層のホテルやオフォスビルは見かけるか、このような高層のマンション群は珍しい。 4日(日曜日)にタクシーで見学に出かけた。この高層のマンション群は「VINHOME Central Park」と呼ばれ、不動産グループの大手VINグループが手掛けた総戸数1万戸の巨大開発プロジェクト。敷地内には高層アパートが林立しているが、Parkと呼ばれるだけあり大きな芝生の公園、日本庭園、テニスコート、遊園地、プール、それにインターナショナルスクールや病院も建設されている。

 

林立する高層アパート群

巨大な芝生の公園が整備

 

テニスコートとバスケットコート

ギャングジム(下はケガをしないラバーが敷かれている)

日本庭園

遊園地には各種の遊具が揃っている

高層マンションの間に設けられたプール

Park内にあるインターナショナルスクール

公園とマンションとの連絡橋

現在、このParkのランドマークとなる81階建てのビルが建設中。このランドマークタワー内にはショピングモール、スーパー、ホテル、オフィスが入る予定とのこと。

建設中の81階建てのランドマークタワー

各マンションの下にあるコンビニ(VIN MART)

コンビニで販売されている野菜

現地の友人にこのVINHOME Central Parkでの価格を聞いてみた。100平方メートルの広さでほぼ1億円近くはするとのこと。この価格にもかかわらず、中国の高層マンション群と違って、ほとんど満室状態で夜にはどの部屋にも電気がともり、とても発展途上の社会主義国家ベトナムとは思われない華やかな夜景が現れる。

VINHOME Central Parkの夜景

 

厳寒の瀋陽

1月23日―27日に、中国・遼寧省の省都・瀋陽に出張した。関空を13:10に出て午後3時過ぎに瀋陽空港に到着(日本との時差1時間)。外の温度はマイナス15℃。空港から市内に向かうには渾川を渡らなければならないが、道路から見える渾川は全面結氷。

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全面結氷した渾川

22日から急に冷え込んできたとのこと。車の中、ホテルの中は暖房が良く効いていて快適。夕食に外のレストランを利用すると、車を降りてからレストランまでは歩かなければならない。これまでに経験したことのない肌を刺す寒さが襲い、震えあがる。外の外気に触れると白酒の酔いも一気に吹っ飛んでしまう。翌24日の朝の最低気温はなんとマイナス27℃。この寒さ、瀋陽でも20年ぶりの寒さ。北のハルピンでは最低気温マイナス35℃とテレビは報じている。内陸部の瀋陽では、雪は少なく、ただしんしんと冷え込むのみ。驚くことに車のタイヤは年中一緒のノーマルタイヤを使っている。

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日の出直後の渾川沿いのマンション群(東北大学国際ホテルの窓から)

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大学研究室のシャッターには部屋の中の水分が凍っている

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自転車での移動は少ない(映っている赤いバイクはレンタサイクルのMobike)

今年の冬は、大気汚染対策から政府の指導で暖房に石炭を使うのを禁止していることもあり、瀋陽滞在中珍しく青空が続いた。市内の中心地に位置する東北大学では、これまでキャンパス内に自前の石炭ボイラーを設置し建物の暖房を行っていたが、昨年から熱源会社から温水の供給を受けているようになっている。

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中央には大学の熱源プラントの煙突(使われていない)

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市内の熱源プラント

瀋陽市内には大規模な熱源会社が十数か所ある。これらの熱源プラントで、石炭から天然ガスへの切り替え、適切な排ガス処理が行われていることが大気環境改善に大いに貢献していると思われる。
今回の出張期間中、鞍山市から南に下がった海城市の畜産企業を訪問した。瀋陽から高速道路G15(瀋海高速)を使って2時間で現場に到着。道中、高速道路沿いには収穫を終えたトウモロコシ畑が延々と続く。その畑にはたくさんのトウモロコシロールが転がっている。

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高速道路沿いに広がるトウモロコシ畑とトウモロコシロール

中国では収穫を終えたトウモロコシは農家の燃料として使われていたが、現在はこれが禁止され、飼料へ転用されている。訪問した養豚企業は、年間1万2千頭の豚を生産する、従業員30人の養豚企業としては大きな規模である。今回、アナモックスを使った排水処理施設の導入を図るとのことで見学に出かけた。畜産排水の固形分はたい肥に、液体部分を嫌気発酵処理し、活性汚泥処理した後、一槽型にアナモックス処理で処理する計画。今年の春にはプラントが稼働するとのことで、環境配慮型の養豚業が中国で増えることを期待したい。
瀋陽には、北朝鮮の女性が働くレストランが数多くあったが、国連制裁決議で多くの女性が帰国し、レストランは閉店に追いやられたと報道されていた。しかし、3日目の夕食に利用したレストランには、まだ多くの北朝鮮の女性が働いていた。聞くと、このレストランの経営者は中国人とのことで、ビザのある間は働けるようである。

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北朝鮮美女大学生による民族舞踊
鞍山近くの甘泉のPAで休憩したが、そのPAにはすでにEVの充電器が5台準備されていて、その手際よさに驚く。ただし、充電している車はなかった。

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甘泉のSA(冬で利用者は少ない)

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甘泉SAのガソリン、LPスタンド

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EVスタンド(停車中の車はEVではない)

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EV充電器

EVの普及には充電器の普及が急がれるが、中国は日本よりも一歩先を行っている。

冬の高野山

ドイツの友人夫妻の希望に応えて、「高野山」に12月14-15日の1泊2泊で出かけた。このところの寒波で、高野山は雪でした。
台風21号の影響で、南海高野線の高野下駅~極楽橋駅間が不通。難波から橋本まで急行、橋本から代替バスで、標高約1,000mの高野山駅。そこから路線バスで金剛峯寺前。徒歩5分で、宿坊の総持寺に到着。1日目は壇上伽藍と金剛峯寺を見学した。
蓮池を左に見ながら勧学院の前の道を進んで、壇上伽藍に。

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結氷した蓮池(後ろの赤い塔は根本大塔)

壇上伽藍は、弘法大師が高野山を開創した折、真っ先に整備へ着手した場所。屋根に雪を乗せた大会堂が正面に。前夜の降雪と冷え込みに加え、交通事情が悪いことから観光客はまばら。雪を踏みしめながら、見学。ここで一番目に付くのが、真言密教の根本道場におけるシンボルとして建立された高さ48mの「根本大塔」。多宝塔様式としては日本最初のものといわれ、本尊は胎蔵大日如来。

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根本大塔

金堂、2015年に172年ぶりに再建された中門、六角経堂の順に見学。六角経堂は鳥羽法皇の皇后・美福門院が、鳥羽法皇の菩提を弔うため、浄写された一切経を納めるために建立された経蔵。経蔵の基壇に把手がついており、回すことができる。一回りすれば一切経を一通り読誦した功徳が得るといわれている。ドイツの友人と二人で一回りする。

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六角経堂

三鈷松、西塔、山王院の順で見学し、再び根本大塔の横を通り過ぎ、大会堂、東塔を見学して、金剛峯寺前の駐車場に出る。

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大会堂(左)と東塔(右)

お寺の前の横断歩道を渡って金剛峯寺に。
金剛峯寺は、高野山真言宗3,600寺、信徒1,000万人の総本山。

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雪を乗せた金剛峯寺の正門

檜皮葺(ひわだぶき)の主殿の屋根の上には天水桶が置かれている。この桶には雨水を溜めおき、火災が発生したときに、火の粉が飛んで屋根が燃えあがらないように桶の水をまいて湿らし、少しでも類焼を食い止める工夫。

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主殿の屋根の上に天水桶が

寺の小玄関から重要な儀式・法要が執り行われる大広間、梅の間、「秀次自刃(じじん)の間」ともいわれる柳の間、別殿を見学して、国内最大級の日本庭園・蟠龍庭に。

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蟠龍庭

龍を表す石には、弘法大師の生誕地・四国からの花崗岩が、雲海を表す白川砂には京都のものが使われている。その先は、1150年御遠忌大法会の際、参詣者への接待所として新設された169畳の大広間・新別殿に続く。新別殿でお茶とお菓子の接待を受けた。いつもはここで僧侶の法話が行われているが、参拝者が少なく当日は法話はなかった。
金剛峯寺を見学の後、宿坊の「総持院」に。木造の古い建物で、寒さに震えることを覚悟していたが、改装した後とのことで、床暖房、エアコン付きの二間続きの庭園の見える和室の部屋。

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総持院の宿坊の和室

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宿泊した部屋からの庭園の眺め

14日の宿泊者は、我々以外には、3人のシンガポール大学に留学中のトルコ人学生のみであった。

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トルコ人の学生、左端は友人のDr. Sevinc

良く暖房の効いた和室の食堂で、椅子とテーブルを使った懐石料理の夕食は、友人夫妻には好評であった。ちなみに、給仕をしてくれたのは高野山大学の学生さんで、温かいもてなしが印象的でした。
15日は、6時から本堂で勤行がありましたが、部屋の外の余りの寒さ(建物の中で0℃)で断念。9時に宿坊を出て奥の院の見学に出かける。観光案内所近くのバス停から、乗り合いバスで奥の院口まで。ここから一の橋ルート(距離1.9㎞)の参道を使って奥の院に向かう。緩やかな勾配の参道の両側には、樹齢数百年を越える杉木立が延々と続く。その中の立派な杉には番号のついた特別母樹林(優良な種子樹木を保存する目的で農林水産大臣が法律に基づき指定された樹木)の札が付けられていた。

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奥の院に続く参道

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参道沿いの杉の老木

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汗かき地蔵の世話をする老人

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姿見井戸

撮影したり、看板を読んだり、歩くこと一時間半余りで、弘法大師御廟に続く 御廟橋(みみりょうのはし)に到着。

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御廟橋、その先の雪を乗せた燈籠堂

その奥に弘法大師の霊を祀る大師御廟と燈籠堂がある。御廟は大師信仰の中心聖地でここから先は聖域とされ、写真撮影、飲食、喫煙が禁止されている。燈籠堂で二人の僧侶の読経を聞きながらお参りを済ませた後、 御廟橋に戻る。この橋は、冬には水行もおこなわれる聖なる河。その川沿いに、地蔵菩薩や不動明王、観音菩薩が並んで おり、参拝者が水をかけて祈っていました。

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玉川と水行を行う場所(段差の下で)

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水かけ地蔵が並ぶ

帰りは、中の橋ルートをとり、中の橋案内所に。案内所近くのレストランで昼食を取った後、奥の院前から路線バスで高野山駅前に。代替のマイクロバスに乗り換え、橋本駅に。橋本から南海急行で難波に到着し、高野山観光は終了。

東福寺の紅葉

ドイツから友人のWolfram夫妻が昨年に続いて京都観光のために来日。昨年の京都滞在が余程印象深かったのか、今回も民泊を利用して3週間滞在します。
11月28日に四条河原町の高島屋前で待ち合わせて、近くの京野菜のレストランで昼食をとり、その後、天気も良かったことから、Wolframの希望で東福寺に行きました。私も東福寺は初めて。東福寺は鎌倉時代に、摂生関白・藤原(九條)道家が九條家の菩提寺として造営したもの。聖一国師こと円爾弁園(えんにべんねん)が九條道家に迎えられ東福寺を開山している。円爾弁園は天皇より初めて国師号を送られた禅僧。通天橋から眺める紅葉が有名で、今年もテレビで、ドローンで撮影した紅葉の様子が紹介されていた。
六波羅門を通って東福寺の境内に。平日というのにすごい観光客で溢れている。境内に入りすぐ右手に国宝の三門がドーンと建っている。

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国宝の三門

三門の向いには「東司」が。通称「百雪隠」と呼ばれる巨大な便所で、中を覗くと多くの壺が並んで埋められていた。

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大きなトイレ・東司

本堂を右手に進み、「通天橋」の拝観受付所でチケットを購入して赤や黄色の紅葉が迎える境内に。日本人のツアー客、外国からの観光客が数珠つなぎ。

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紅葉に彩られた散策道を進み、聖一国師を祀る開山堂へ。ここで江戸中期の名園を眺めながら、しばし休憩。

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開山堂前の日本庭園

次いで通天橋に。ここから眺める紅葉は絶景。多くの観光客がカメラ、スマホで撮影するため立ち止まり、大混雑。帰りのタクシーの運転手の話では、週末はガードマンが出て、立ち止まらないよう誘導しているとのこと。

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観光客で込み合う通天橋

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通天橋から本堂を望む

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落ちた赤い紅葉と手前の黄色の紅葉のコントラストが素晴らしい

通天橋を下り終えると出口。出た所には多くの屋台が出て賑わっていた。

次いで、「方丈庭園」の見学に。方丈とは禅寺の僧侶の住居である。国指定の名勝「方丈庭園」は、昭和の名作庭家・重森三玲(みれい)の作(昭和14年)。方丈の東西南北に四庭ある。中でも南庭の「八相の庭」が有名で、Wolframはこの庭にすっかりご満悦で、盛んにカメラのシャッターを押していた。

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南庭の「八相の庭」

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方丈の通天台から通天橋を望む

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北庭(コケと敷石で構成する市松模様)

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東庭(石は北斗七星に見立てている)

大連星海跨海大橋

2年ぶりに中国・大連へ、懇意にしている大連理工大学・環境生命学院の楊楓林教授が、脳血栓を患ったことを知り、お見舞いに出かけた。幸い、右脳の血栓ということで、話すこと、右手は問題がなく、左側に麻痺が残った状態。現在リハビリ中で、杖を使って少し歩けるまで回復している様子で、早く元気になってと祈るばかりです。
今回使用したホテルは、定宿としている星海公園近くの海の見える「ベイショアホテル」。前回このホテルに泊まった際には、ホテル前の海に橋をかける工事が行われていたが、この橋が2015年10月に完成。「大連星海跨海大橋」と命名された。大連市役所からハイテクパークを繋ぐ道路の車の混雑解消を目的に、4年がかりで建設された二階建て構造の星海湾を跨ぐ全長6・8㎞の橋である。

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ホテル前のヨットハーバーと「大連星海跨海大橋」

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「大連星海跨海大橋」の先は開発の進むハイテクパーク。中央左にはバンジージャンプ塔。

上部の道路はハイテクパークに向かい、下部は森林動物園のある濱海大道に向かう、各4車線の一方通行の橋である。中国・東北地方では最長の橋で、橋の中心部となる星海公園前が、船舶の航行のあることから吊り橋となっている以外は、桁橋となっている。この橋の開通によって、大連市中心部を行き来する交通混雑は大幅に改善されたと思われるが、教え子の喬森教授に聞いてみると、それほどでもないとのこと。橋の建設に要した4年間で車が大幅に増えたことから橋建設の効果が相殺されたのではないかと推察される。
この「大連星海跨海大橋」は夜間には時々刻々と色が変わるイルミネーションが施され、大連の新たな観光スポットとして注目されている。部屋の窓から撮った「大連星海跨海大橋」のイルミネーションは見ていて飽きがこなかった。

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吊り橋の陸側は海星公園

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ハイテクパークに向かって伸びる電飾された「大連星海跨海大橋」

大連滞在中、最初の2日(11月20日、21日)は風が強くなく、晴天なのにスモッグが掛かった状態であったが、22日と23日は風が少しある快晴で、中国にしては珍しい青空であった。

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写真中央に見える煙突の煙が真横にたなびく風で大連の空はブルー

 

 

乗鞍・上高地の旅(2)

2日目「穂高荘 山のホテル」の混浴露天風呂「山峡槍の湯」に早朝入浴した。
この露天風呂はなんと300坪の広さで、蒲田川の河原に近く、川のせせらぎを聞きながらかけ流し温泉を楽しむことができる。これまで多くの露天風呂に入ってきたが、これほどの大きさの露天風呂は初めての経験、混浴であるが全て男性客であった。

朝8時半にホテルを出発し、上高地にむかう。長野オリンピックに合わせて1997年に開通した安房トンネル(飛騨山脈にある乗鞍岳の北麓と長野県を結ぶ全長4,370mの自動車専用)を使い、一時間後には大正池ホテル前に到着し上高地の散策開始。

ホテル横の小道を下りたところの大正池は、大正4年の焼岳(標高2455m)の噴火によって梓川が堰き止められてできた。池といっても、清流の梓川が常に流れ込んでいる。大正池の下流にはラバー提があり、流量調整されている。エメラルドグリーン色の大正池の後方に焼岳がそそり立つ。焼岳は北アルプス唯一の活火山で日本100名山の一つ。頂上部には植生は全く見られない。谷に沿って火砕流の流れた跡が印象的。

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大正池(後方は焼岳)

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大正池に流れ込む湧き水

大正池を後にして、梓川沿いのよく整備された遊歩道を歩くこと10分で田代池を示す看板を見て遊歩道100m程歩くと田代池に。湧き水の流れる湿原の様相で、流れは梓川に繋がる。この周辺は紅葉が真っ盛り。薄層流の中にバイカモを見つけたが、花は付けていなかった。

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田代池周辺の紅葉

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田代池で見つけたバイカモ

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梓川右岸の紅葉

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梓川の清流

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梓川沿いの紅葉

再び梓川沿いの遊歩道にもどりクマザサ、シラカバ、カラマツの原生林の中を歩くこと15分で、梓川にかかる田代橋、穂高橋に出る。ここからは見事な紅葉の中に、下流側に焼岳、上流側に明神岳(標高2391m)を望める。

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田代橋から梓川上流を望む(後方の山は明神岳)

橋を渡って梓川右岸の遊歩道を河童橋に向かって歩く。

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河童橋にむかう遊歩道(遊歩道の左はホテル)

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河童橋にむかう遊歩道からの梓川上流を望む
途中にウエストン碑があり、ウエストンは英国の宣教師で、日本アルプスの魅力を世界に紹介したことから、「日本の近代登山開拓の父」と言われている。

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ウエストン碑

この梓川右岸の散策道には多くのホテルが立ち並んでいる。約20分で河童橋に到着。
河童橋は上高地のシンボル的な木造の吊り橋で、天候に恵まれたこともあり、橋の上から上流側に穂高連峰、下流側に焼岳の雄大な眺めを楽しむことができた。

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河童橋

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河童橋から六百山(標高2470m)

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河童橋から明神岳を望む

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河童橋からの眺め(穂高連峰は雲で隠れている)

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河童橋からの下流の眺め(焼岳が望める)

昼食後、集合時間まで余裕があったので、上高地帝国ホテルへ。遊歩道と車道が分離されているので、車を気にすることなく散策を楽しむことができる。シラカバの樹林の中に赤い三角屋根の上高地帝国ホテルは、スイスを思わせるたたずまい。

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上高地帝国ホテル

バスターミナルにアイドリングストップの看板が。10分前にバスに乗り込むがバスの中は少々暑い。アイドリングできないのでエアコンを入れられないとの説明があった。

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バスターミナルの様子(右側はタクシーレーン)
帰りも平湯温泉を経由して、高山駅からワイドビューひだ14号で名古屋駅で新幹線に乗り換え、新大阪駅。2日間天候に恵まれ、一足早い紅葉を楽しむことができた。