瀋陽建築大学を訪問

4月19日に瀋陽建築大学・遼河流域水汚染防治研究院院長の傳金祥教授の研究室を訪問した。先生とは2010年に瀋陽建築大学で特別講演を行った際にお会いしている旧知の仲。瀋陽建築大学は、熊本大学の工学部と自然科学研究科との間で、2010年に部局間の学術交流協定を締結しているパートナー大学。今回が4度目の訪問となる。
瀋陽建築大学は1948年に創設された東北兵工専門学校を前身とし、建築土木学を特徴とする遼寧省直轄の総合大学。以前は瀋陽市の中心部にあったキャンパスを現在の渾南新区に移転した。最初に大学を訪問した際には、大学周辺の開発が始まったばかりであったが、2008年に北京オリンピックのサッカーと、2013年の第12回国民体育大会が瀋陽市で行われたことで急速に開発が進み、市内から大学までの道路沿いには高層のアパートが林立しているばかりか、市電まで走るようになっていたのには驚かされた。キャンパスは建築学科の教授陣が設計した斬新なデザインで、敷地面積100万平方メートルに、44万平方メートルの特徴ある建物が配置されている。アジア最長の全長756メートルの回廊が教学区、図書館、生活区などを連結する独特な形式となっている。
傳先生の研究室は総勢39人の大所帯で、遼寧省で最も重要な河川である遼河の水汚染を防止する技術に関する研究に従事している。浄水処理、高度下水処理技術(A2O法、アナモックスの研究を含む)、湿地の浄化機能の研究、汚泥処理技術等の試験装置を見学させて頂いた。
学術交流の後、学内の食堂に移動する途中に、珍しい古い建物が目に入る。奉天医科大学の建物を移設したもので、現在は大学の保健センターとして使っているとのこと。

DSC_0546

瀋陽建築大学に移転された奉天医科大学の建物

次いで、同じく市内から移設してきた「八王書院」を案内していただいた。書院の内部は公開されていないので、内部を覗いたのみ。壁には歴代の科挙試験でトップの成績を収めた人物画が架けられていた。

DSC_0549

八王書院
八王書院の道路向かいに大学のキャンパスには、工学系の大学キャンパスではまず目にしない水田が。以前大学を訪問した時は、稲刈り前であったが、今回は田植えの前で水田を耕運した後。

DSC_0551

キャンパス内の水田

水田の隣には蓮田が。横に“千年古蓮”の石碑がある。千年前の蓮の種から育てた蓮を植えているとのこと。

DSC_0555

水田の横に配置された蓮田

DSC_0554

“千年古蓮”の石碑

DSC_0552

水田横の研究棟

これら水田や蓮田の世話は学生や教員がしているのかと思っていたが、実は農業の詳しい方を大学が雇用して栽培をしているとのこと。この他にも湿地や池がキャンパス内に配置されている。自然との共生を強く意識したキャンパス整備である。

DSC_0558

キャンパス内の池、奥に見えるのが図書館

DSC_0557

池の横の食堂に続く道
キャンパス内の食堂で傳先生の研究グループの先生方6人、東北大学朱教授、教え子の馬博士と大学の食堂で昼食を一緒した。食堂は3階建てで、一階、二階は学生用の食堂、3階が教職員専用の食堂となっている。大学キャンパスで栽培したブドウから作ったワインを頂きながら、美味しい中華料理を堪能した。

DSC_0561

大学の食堂

DSC_0563

食堂横の洒落たデザインの学生寮

 

吉野の桜

4月8日、友人に誘われて吉野の花見に出かけた。これまで大阪に住んでいながら、吉野まで花見のために足を延ばすのは初めて。近鉄阿倍野駅から近鉄吉野線の特急で吉野まで1時間16分。途中、古い歴史を刻む珍しい駅を通過。吉野口駅からは、吉野川の右岸をぐんぐんと高度をあげて電車は進み、吉野川を渡って終点の吉野駅に到着。

DSC_0336
今年の桜は全国的に3月の低温が影響して開花が遅れ、4月8日時点で大阪市内でも6-8分咲き。大阪市内よりも高度の高い吉野の桜は、しだれ桜を除いて下千本でも蕾の状態。(満開は最終的に4月17日にずれ込んだ)それでもあらかじめ日程の決まっているツアー客で吉野駅前は混雑。それでも満開時にはこれ以上の大混雑とのこと。

DSC_0337

吉野駅前(正面にロープウエイを望める)
駅前から日本一古い歴史を持つロープウエイ(全長350m)で吉野山駅まで。吉野山駅から黒門をくぐって観光客で混雑する門前町を歩く。

DSC_0338

黒門前の混雑

道に沿って多くの食堂やお土産屋さんが並ぶ。吉野では柿の葉寿司が有名。名店の「ひょうたろう」では長いお客の列。

DSC_0339

ひょうたろうの前のお客の長い列

細くて急こう配の参道を修験道の総本山金峯山寺まで歩く。

DSC_0341

正面に国宝仁王門

この時期、国宝仁王門平成大修理勧進のために、蔵王堂(国宝)の本尊である秘仏蔵王権現像(重文)3体が開帳されていてこれを見学。

DSC_0345

「金剛蔵王大権現」は、飛鳥時代に役行者が、金峯山の山上ヶ岳で1000日の修行の後に感得した権現仏。権現とは、権(仮り)に現われるという意味で、本地仏の釈迦如来(過去世)、千手観音(現在世)、弥勒菩薩(未来世)が権化されて、過去・現在・未来の三世にわたる衆生の救済するため、悪魔を降伏させる怒りの形相の姿で出現されたといわれている。真っ青な体で、赤い髪を逆立て、真っ赤な口から牙のばし、まさに怒りの形相の3体の仏像。右尊の千手観音が6.15m・中尊の釈迦如来が7.28m・左尊の弥勒菩薩が5.92mと大きい仏像に圧倒される。

DSC_0397

秘仏蔵王権現(パンフレットの左下に)

DSC_0353

金峯山寺を望む

金峯山寺をお参りした後、混雑した門前町を登り、左折して吉水神社に。吉水神社は、元は吉水院といって吉野山を統率する修験宗の坊僧であった。明治時代に神仏分離が行われ、吉水院は後醍醐天皇の南朝の皇居であったことから明治8年に「吉水神社」と改められ、後醍醐天皇を祭神としている。(吉水神社の拝観券から引用)神社の境内に入ってすぐの左手に吉水院庭園。

DSC_0366

吉水院庭園

豊臣秀吉が吉野で大花見をした時に吉水院が花見の本陣となり、この花見に際して秀吉が自ら設計した桃山様式の日本庭園。この庭園から振り返って吉野山に目を移すと、カメラを持った多くの観光客が。ここが吉野山を望むと千本の桜が望める場所(一目千本といわれるゆえん)。

DSC_0355

ほのかにピンク色に染まった吉野山

生憎桜の開花はまだで、山全体が薄いピンク色にそまった状態であった。
この後神社のすぐ横の吉水書院を見学。吉水神社書院は、日本最古の書院で世界文化遺産に登録されている。

DSC_0367

吉水神社書院前の桜

DSC_0362

書院内には、役行者像、義経・静御前潜居の間、後醍醐天皇の御物、秀吉が花見の際に愛用した金屏風などの貴重な文化財が展示されていた。
吉水神社からもとの参道に戻って、東西院に。ここのしだれ桜が見ごろであった。

DSC_0350

東西院の見事な満開のしだれ桜

東西院から観光マップでも急阪と書かれている細い道を上ると竹林院。

DSC_0379

中千本の桜

DSC_0381

桜公園の満開まじかのしだれ桜

そこからさらに、急な道を上って、やっと今回招待をうけたSさんのヒュッテに到着。Sさんはこのヒュッテを自分の山から切り出した木材で建てたもの。ヒュッテのベランダからは、眼下に金峯山寺が望めるだけではなく、吉野の上千本の桜が一望できる。

DSC_0392

眼下に金峯山寺が

残念ながら今回は時期が合わなくて絶景を楽しむことができなかった。次回に期待した。Sさんが腕を振るってくれた猪鍋、柿の葉寿司を肴に大いに盛り上がった。

DSC_0386

猪鍋

DSC_0396

伝統的な柿の葉寿司の容器
帰りは、タクシーで近鉄吉野駅まで。我々のグループ以外お客はいない。最終の特急に乗ることができ、自宅に帰ると午後11時であった。