景福宮見学と仁寺洞通りの散策

11月17日のソウルでの結婚式に出席した後、教え子の陳さんの案内で朝鮮王朝の宮殿「景福宮」の見学と、近くの「仁寺洞通り」の散策に行った。

披露宴会場から「景福宮」まで、交通渋滞のあり車で1時間以上もかかった。車を「景福宮」の地下の駐車場入れ、「景福宮」に。この時期入場の締め切り時間が16時で、ぎりぎり入れた。

「景福宮」は1395年に建国された朝鮮王朝の宮殿。ソウルのシンボル北岳山の前に宮殿の場所が決められた。宮殿北側には韓国大統領府「青瓦台」、正門の「光化門」は、韓国の政治と経済の中心となっている「世宗大路」に面する。

「景福宮」は文禄の役(1592年)で焼失したが、1867年に建て直された。しかし、朝鮮物産共進会(日本の朝鮮統治の成果を示し、朝鮮の更なる産業の発展を図るために開催された博覧会)開催の名目で宮殿の多くの建物が取り壊されてしまった。1990年から復元事業が始まり、本来の「景福宮」の姿を取り戻しつつある状況である。

境内は多くの観光客で賑わっていた。多くの観光客が、レンタルした韓国伝統の韓服を身に着け、朝鮮王朝時代へのタイムスリップを楽しんでいる。(韓服を着用した観光客は入場は無料)以下、駆け足で見学した「景福宮」の主要な建物を紹介する。

1.光化門
景福宮の正門。朝鮮戦争の時に焼失したが、1968年2月、復元された。

中央の門が光化門

勤政門をくぐると勤政殿

2)勤政殿
景福宮の正殿で、最も華やかで王の権威を示す建物。ここでは、王の即位の礼、文官、武官が集まる朝会、外国からの使臣との接見公式など、国家儀式が行われた。宮殿内は1階と2階が吹き抜け構造で、天井まで見渡せ、天井には様々な文様が鮮やかに描かれている。

勤政殿に繋がる石畳。

勤政殿の内部

勤政殿の天井の鮮やかな文様

3)思政楼
王の執務室。ここで日常の政治活動が行われた。現在の思政楼は1867年に再建されたもの。

思政門をくぐると思政楼に

4)康寧殿
王が日常生活を送った宮殿。現在の宮殿は1995年に復元されたもの。


5)交泰殿
王妃の宮殿で、1995年に復元された。

6)慶会楼

池に囲まれた慶会楼

勤政殿まえの石畳の広場

韓服を着用した外国人観光客

夕方5時が閉門ということで、ここで宮殿の見学は終了。
光化門を出て左折し、仁寺洞(キョンボックン)通りの散策に。

景福宮境内から光化門をくぐって外に

光化門をバックに「世宗大路」を望む

景福宮の東の端にある「東十字閣」(右)とその後ろには奇抜なデザインのTwin Tree Tower

仁寺洞(キョンボックン)通りの賑わい。通りには、伝統工芸品、絵画道具の店、ギャラリー、骨董店、喫茶店が、一歩路地に入ると、昔ながらの韓家を改造した飲み屋、レストランが並んでいる。

仁寺洞通りから辻を入ると昔ながらの街並みが

仁寺洞通りの喫茶店(3階)からの眺め

仁寺洞通り入口に点灯された、韓国式提灯

この仁寺洞通り、整備が進み、とみに観光客が集まるスポットとなっている。特に若い人に人気がある。

韓国の結婚式

11月17日、ソウル市での、韓国人の親友の息子さんの結婚式に出席した。これまで、中国、ベトナムでの教え子の結婚式の経験はあるが、韓国の結婚式に出席するのは初めて。韓国の教え子から服装、お祝い金のこと、前もって情報を得て出席した。

新郎、新婦のお父さんが中小企業の社長さんということもあり、出席者500人の盛大な結婚披露宴。受付は日本と同じで、記名してお祝い金を渡す。その後、開演までの時間は、式場横の庭園でドリンクサービスを受けて過ごす。

宴会場の入口横には新郎、新婦(後ほど、新郎も加わる)の両親がお出迎え。

420人収容の巨大なホール。右側は長いバージンロード(このホールに全ての出席者の席が設けられないので、100人収容の別室が設けられた。式の様子はスクリーンに映し出される)

式次第は日本とは少し違うので、紹介する。
①新郎、新婦のお母さんが揃って入場、②続いて新郎入場、③新婦がお父さんと入場、④新郎に新婦を引き渡す、

バージンロードを新婦と新婦のお父さんが歩き、新郎に新婦を引き渡す様子

⑤新郎、新婦が両親に挨拶、⑥仲人役の新郎の恩師の大学教授による新郎新婦に対するスピーチ、

舞台の前面のスクリーンに映し出された仲人役の大学教授によるスピーチの様子

⑦記念撮影、⑧新郎の友人による歌によるお祝い、⑨お色直し、⑩スライドショー、⑪ウエディングケーキ入刀、⑫新郎新婦、ご両親が各テーブルにお礼の挨拶回り、⑬三々五々に退席、⑭祝宴終了後、身近の親族のみが民族服に着替えて懇親、その後記念撮影

宴席の様子(新郎サイド)
特に式の終わり方が日本とは違い、新郎新婦の両親への感謝の言葉、花束の贈呈がないうえ、新郎、新婦、ご両親の見送りもなし。これは、中国、ベトナムも同じで、日本のやり方が独特なのでしょう。
式は12時30分に始まり、約2時間で終了。式場、テーブル席を飾っていた生け花は、祝宴終了後、係員が一斉に抜き去り、宴会場を出たホールでスタッフ5,6名で多くの希望者に花束として渡して華やかでした。

万博公園・日本庭園の紅葉

暖かい秋の一日、万博・日本庭園を訪れた。この日本庭園は、昭和45年(1970年)に万博開催時に造園された、広さ約26万m2の「昭和の名庭園」。東西に細長く、庭園の西端の源泉から東に流れる水の「流れ」をテーマとして設計されている。

10時前に日本庭園前の広大な駐車場に到着。月曜日で、観光客はまばら。日本庭園前ゲートを右折し、小高い丘を登ると、「平和のバラ園」に。

バラ園の向こうに太陽の塔とEXPOCITYの大観覧車が望める

色とりどりの満開のバラが一面に広がるバラ園を下ると、日本庭園の正門に。

日本庭園の正門

園内は開園間もないこともあり、広大な公園にひと気はなく、手入れされた美しい庭園は静寂そのもの。正門前には、地元山田の同好会が出展した菊が展示されていた。

日本庭園を説明する看板(東西に長い、この庭園を左周りで散策)

正門を左折し、よく整備された木立、竹林を通り抜けて「深山の泉」に。

手入れの行き届いた散策道路

整備された竹林

深山の泉

木漏れ日の滝(ここから湧き出る水が庭園を巡っている)
「深山の泉」を右折し、西から東に向かって流れるせせらぎに沿って散策。花が少ないこの時期、赤色、白色のサザンカがひと際目を引く。モミジの紅葉はまだ少し早いが、場所によっては見ごろのモミジも。


サザンカの花
今年は台風21号の影響で葉が落ちたこともあり、どこも紅葉はそれほどでもないのが残念である。程なく、枯山水に。松の洲浜を横切る。


北側の道を行くと、左側に大きな芝生の築山、右側に大きな池(心字池)が見える。こちらから、日本庭園の中央休憩所越しに、太陽の塔とEXPOCITYの大観覧車が望める。心字池を一周して今回の日本庭園散策は終了。中央休憩所前からの眺めは最高。

中央休憩所前からは、心字池越しに芝生の築山を望む

松の洲浜から心字池への流れ込む地点の紅葉

中央休憩所には、70年万博の様子を紹介するビデオルームがあり、懐かしい開会式映像(昭和天皇、皇后、皇太子、美智子さま等)を楽しむことができた。

日本庭園正門の屋根越しに見える太陽の塔と大観覧車